はねおい    
  小 夜  


ニノは旅に出た
そこでは、なにもかもがねじくれていた
そびえる塀は上へ向かうほど弧を描き
そのせいで空はほとんど見えなかった
が、あたりは暗くはなく
かといって明るくもなく
あかりのつかない街灯が
時折揺れてしゃらしゃらと鳴った
風があるのだった
ニノは乾いた舌でいっそう乾いた唇を舐めると
どんどん奥へと進んでいった
 
ニノ、わたしは君に会わぬままで
こうして生まれて死んでいく
新しい名を授けられることもなく
手の届かないものに
手の届かないままで
見知らぬ思い出を織り上げては捨てていく
ニノ、君の足先はまだ
確かに冷たいだろうか
土を削るような五本の指は
しなだれてはいないだろうか
触れるものをきちんと傷つけているだろうか
ひとつひとつ、怠ることなく
 
ニノ、昆虫採集をしよう
この街でも新しい虫がたくさん生まれたよ
君が嬉しそうに刺したピンを
わたしが抜こう たしかに
指先に神経を注いでその感触を忘れないように
刺す時と抜く時ではどちらが痛いだろうか
どちらがかなしいだろうか
ニノ、虫の羽は薄い
薄いけれどもひかりにすかせば模様が浮かぶ
そうやって街は少しだけ隙間を手に入れる
朝が来ない
夜明けがない
ただわたしは聞いているんだ、だれかの呼吸の音を
風が生まれる場所で風のおわりを看取るため
ニノ、採集をしよう
ピンに貫かれた最期のひといきを
君が次の羽を探しにいくとき
わたしはとどまって はねのけられたひかりを集めよう
そうやってニノ、わたしは耳を澄まそう
たぶんこれからも出会うことは無いのだから
 
ニノは向かっていった
夜の無いくにへと
夜の無いくにのしらじらしい朝へと
ほそいほそいピンにわずかなひかりを集めて
どんどん奥へと進んでいった
いった
 
胸を張ってニノ、その先で待つのはただただうつくしい崖
君に羽が無いのならわたしがピンで刺しに行くよ

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